子は恥かしそうな顔をして体を悶掻《もが》いた。王はその手を緩《ゆる》めなかった。
「どうか放してくださいまし」
王はどうもその女の容《さま》が人間でないと思ったが、それを厭《いと》う気はなかった。
「あなたは何人《だれ》です」
「私の姓は、伍《ご》で、名は秋月《しゅうげつ》といいます」
「どうした方《かた》です」
「ほんとうを申しますと、私はこの旅館の東側に葬られておる者でございます、私は十五の時亡くなっておる者でございますが、それから三十年して、あなたにかたづくという宿縁がございます」
王は不思議な女の言葉に耳を傾けて聞いていた。話の後で女は起きて帰ろうとした。王は帰すのが惜しかった。
「まあ、いいではありませんか」
「私は、あなたとは宿縁がございます、今晩に限ったことではございますまい」
王は強《し》いて止めるわけにはいかなかった。女は静かに起きて室を出て往った。
その翌晩、王は女のくるのを心待ちに待っていた。女ははたして来た。王は女を自分の前の腰かけに据えてはなした。
王はその晩女と結婚した。女はその晩から日が暮れると必ず来て、王の許に一泊して帰って往った。
月の澄
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