あったのかと思った。
 女の子はその翌晩も、その翌々晩も王が寝ていると必ず来たが、気が注いてみるといつもいなかった。王は夢にしては不思議であると思ったが、起きてみると女がいないので、事実と思うこともできなかった。しかし、事実と思うことができないにしても、まざまざと見える女の眼なり、口許《くちもと》なり、肉付《にくづき》なりがどうしてもただの夢とは思われなかった。
 五日目になって、王は今晩こそ眠らずにいて、かの女の子がくるかこないかを確かめてやろうと思った。彼は榻の上へあがって眼をつむっていたが、眠らないようにとおもって心を彼方此方にやっていた。榻の枕頭《まくらもと》に点《つ》けた灯は、いつもより明るくしてあった。と、また物の気配がして榻にあがってくる物の衣摺《きぬずれ》のおとがした。王は確かに夢ではないと思ったが、眼を開けて吃驚《びっくり》さしてはいけないと思ったので、そのまま眠った容《ふう》をしてじっとしていた。
 あがってきた者は平生《いつも》のように静かにその傍へ体を寝かした。王はいきなり抱きかかえて眼を開けた。それはこの四五日毎晩のように来ている綺麗な女の子の顔であった。女の子は恥かしそうな顔をして体を悶掻《もが》いた。王はその手を緩《ゆる》めなかった。
「どうか放してくださいまし」
 王はどうもその女の容《さま》が人間でないと思ったが、それを厭《いと》う気はなかった。
「あなたは何人《だれ》です」
「私の姓は、伍《ご》で、名は秋月《しゅうげつ》といいます」
「どうした方《かた》です」
「ほんとうを申しますと、私はこの旅館の東側に葬られておる者でございます、私は十五の時亡くなっておる者でございますが、それから三十年して、あなたにかたづくという宿縁がございます」
 王は不思議な女の言葉に耳を傾けて聞いていた。話の後で女は起きて帰ろうとした。王は帰すのが惜しかった。
「まあ、いいではありませんか」
「私は、あなたとは宿縁がございます、今晩に限ったことではございますまい」
 王は強《し》いて止めるわけにはいかなかった。女は静かに起きて室を出て往った。
 その翌晩、王は女のくるのを心待ちに待っていた。女ははたして来た。王は女を自分の前の腰かけに据えてはなした。
 王はその晩女と結婚した。女はその晩から日が暮れると必ず来て、王の許に一泊して帰って往った。

 月の澄
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