た」
 と、よりの女が怪しい声で苦しそうに云う。祈祷者にはすぐ見当がついた。それが判らない時には、
「近処とは何処じゃ、云うて見よ」
 と云うと、
「安右衛門からじゃ」
 などと、犬神持ちとせられている家の名を云う。強情なのは何処から来たとも、犬神とも何とも云わないことがある。すると祈祷者が嚇した。
「云わないと金縛りにするぞ」
「祈り殺すぞ」
 と、云うようなことを云うと白状した。時とすると犬神と思っていたのが、狸であったり、死霊であったりした。
「何しに来た」
 と、病人に憑いた原因を聞くと、食物が欲しかったとか、某物《あるもの》が羨ましかったとか、門口を通っていたら其処の犬に吠えられたから、恨みも何もなかったけれども憑いたとか、種々のことを云った。
「それなら、早う帰れ」
 と、祈祷者が命令すると、
「帰ります、帰ります」
 と、云って幣を動かしていたよりの女が、急に体を動かして背後《うしろ》に倒れる。と、女はけろりとして起きあがる。彼女はもう普通の女になっていた。時とするとその女は、門口ヘまで這って往って倒れることがあった。
「帰らない、怨みがあるからとり殺す」
 などと云う者
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