た。其処の女房が、隣家の蚕の生育の好いのを見て、それを羨ましく思いでもすると、犬神はすぐその蚕に憑いて一夜の中にその生育を悪くするか、其処の何人《たれ》かに憑いて、その者を病人にした。また隣家に出している漬物の色の好いのを見て、それが喫《く》いたいと思いでもすると、その犬神はすぐ隣家へ往って、その漬物の味を違えたり、家の人に憑いたりした。
 その犬神を除くには、修験者のようなことをやっている者が来て、よりと云う者を立てて祈祷にかかる。よりは病人のかわりになる者で、主に女で、多くは経験のある、何時もよりとして雇われている者であった。そのよりは病人の傍で、祈祷者の用意して来た榊の枝に紙片をつけた幣を雙手に捧げるように持って、寂寞として坐っている。と、祈祷者が声高々と祈祷をはじめる。祈祷が進んで来るに従って、よりの幣を持った手が顫い出す。それは犬神がよりに移って来た印だ。よりは額から大粒の汗をぼろぼろ落しながら幣を動かした。榊の葉がばらばらと鳴った。紙片が切れて飛び散った。祈祷者はそれを見ると、祈祷を止めて睨むようによりの女を見おろした。
「お前は何んじゃ、云え、何処から来た」
「近処から来
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