、荊棘の藪の中で、血みどろになって荊棘と角力をとっていた。
 しばてんは、初夏の比《ころ》、麦の茎が黄ろに染まる比に好く出て、野に遊んでいる村の少年をたぶらかした。麦の黄ろになりかけたのを、其処では麦のかさうれと云った。その時分には、好く海岸に大きな波が立って海が脹らんだように見え、潮気を含んでべとべとするような風が吹いて、麦の穂の上を白い蝶が物憂そうに飛んだ。その麦のかさうれ時には、何時も暗くなるまで遊んでいる少年も、陽が傾く比から家に帰って往った。
 しばてんと関連して、河童の話も聞かされた。それは池や川にいて、時折村の少年を死に導いた。
「あの子はえんこうにこうもんを抜かれた」
 私の村では、河童をえんこうと云った。土用の丑の日には、村の農家では胡瓜を海や川に流して河童を祭った。
 狸は人をたぶらかすばかりでなく、また人に憑いて禍をした。私の村で人に憑くものでは、狸のほかに犬神と云うものがあった。犬神は関東のおさき狐と同じようなもので、それは狸や狐のように一時的のものでなかった。村では犬神持ちと云われている家があって、その家にいる犬神は其処の家人の心のままになって、対手の者に憑い
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング