促織
蒲松齢
田中貢太郎訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)明《みん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|疋《ぴき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+啜のつくり」、314−2]《と》って
−−

 明《みん》の宣宗《せんそう》の宣徳年間には、宮中で促織《こおろぎ》あわせの遊戯を盛んにやったので、毎年民間から献上さしたが、この促繊は故《もと》は西の方の国にはいないものであった。
 華陰《かいん》の令をしている者があって、それが上官に媚《こ》びようと思って一|疋《ぴき》の促織を献上した。そこで、試みに闘わしてみると面白いので、いつも催促して献上さした。令はそこでそれをまた里正《りせい》に催促して献上さした。市中の游侠児《あそびにん》は佳《よ》い促織を獲ると篭《かご》に入れて飼い、値をせりあげて金をもうけた。邑宰《むらやくにん》はずるいので、促織の催促に名を仮《か》って村の戸数に割りあてて金を取りたてた。で、一疋の促織を催促するたびに、三、四軒の家の財産がなくなった。
 ある村に成《せい》という者があった。子供に学芸を教える役であったが、長いこと教わりに来る者がなかった。その成は生れつきまわりくどいかざりけのない男であったが、ずるい邑宰の申したてによって里正の役にあてられた。成は困っていろいろと工夫して、その役から逃れようとしたが逃れることができなかった。それがために一年たらずですくなかった財産がなくなってしまった。ちょうどその時促織の催促があった。成はおしきって村の家家から金を取りたてもしなければ、それかといって自分で賠償金を出すこともできなかった。成は困りぬいて死のうとした。細君がいった。
「死んで何の益があります。自分でいって捜すがいいじゃありませんか。万一見つからないとも限りませんよ。」
 成はなるほどと思って、竹筒と糸の篭を持って朝早く出かけていって日が暮れるまで捜した。塀《へい》の崩《くず》れた処や草原へいって、石の下を探り、穴を掘りかえして、ありとあらゆることをしてやっと二、三疋の促織を捕えたが、皆貧弱なつまらない虫であるから条件にかなわなかった。邑宰は先例に従って厳重に期限を定めて督促した。成はその期限を十日あまりも遅らしたので、その罰で百杖|敲《たた》かれて、両股の間が膿《う》みただれ、もういって虫を捉えることもできなくなった。
 成は牀《ねだい》の上に身を悶えて、ただ自殺したいとばかり思っていた。その時村へ一人のせむしの巫《みこ》が来て、神を祭って卜《うらない》をした。成の細君は金を持って巫の所へ成の身の上のことを訊《き》きにいった。そこには紅女や老婆が門口を塞《ふさ》ぐように集まっていた。成の細君もその舎《いえ》へ入っていった。そこには密室があって簾《すだれ》を垂れ、簾の外に香几《こうづくえ》がかまえてあった。身の上のことを訊《き》く者は、香を鼎《こうろ》に焚《た》いて再拝した。巫は傍から空間を見つめて代って祝《いの》った。その祝る唇《くちびる》が閉じたり開いたりしているが何をいっているか解らなかった。身の上のことを訊こうとしている者は、それぞれ体をすくめるように立って聴いていた。と、暫くして簾の内から一枚の紙を投げだした。それにはその人の思うことをいってあったが、すこしもちがうということがなかった。成の細君は前の人がしたように銭を案《つくえ》の上に置いて、香を焚いて拝《おが》んだ。物をたべる位の間をおいて、簾が動いて紙きれが飛んで来た。拾ってみると字でなくて絵を画いてあった。それは殿閣の絵であったが寺に似ていた。その建物の後に小さな山があって、その下に不思議な形をした石があったが、そこには棘《いばら》が茂って、青麻頭《せいまとう》といわれている促織がかくれ、傍に一疋の蟆《がま》が今にも躍りあがろうとしているようにしていた。細君はそれを展《ひろ》げて見ても意味を曉《さと》ることができなかったが、しかし促織が見えたので、胸の中に思っていることとぴったり合ったように思った。細君《さいくん》は喜んで帰って成に見せた。成はくりかえしくりかえし見て、これは俺に虫を捉《とら》える所を教えてくれていないともかぎらないと思って、精《くわ》しく画《え》の模様を見た。それは村の東にある大仏閣に似ていた。そこで強《し》いて起きて杖にすがって出かけていって、画に従って寺の後にいった。そこに小山のように盛りあがった古墳があって樹木が茂っていた。成はその古墳についていった。そこに一つの石があって画の模様とすこしも変っていなかった。そこで草の中へ入って虫の鳴声はしな
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング