いかと思って、耳を傾けながらそろそろといった。それはちょうど針か芥《からしな》の実をたずねるようであった。そして一生懸命になって捜したが、どうしても見つからなかった。それでもやめずにあてもなく捜していると、一疋のいぼ蟇《がま》が不意に飛びだした。成はそれが画に合っているのでますます愕《おどろ》いて、急いで追っかけた。蟇は草の中へ入っていった。成は草をわけて追っていった。一疋の促織がいばらの根の下にかくれているのが見えた。成はいきなりそれを捉えようとした。虫は石の穴の中へ入った。成は尖《と》んがった草をむしってつッついたが出なかった。そこで竹筒《たけづつ》の水をつぎこんだので、虫はやっと出て来たが、その状《すがた》がひどくすばしこくて強そうであった。成はやっとそれを捉えて精しく見た。それは大きな尾の長い、項《うなじ》の青い、金色の翅《はね》をした虫であった。成は大喜びで篭へ入れて帰った。
成の一家は喜びにひたされた。それは大きな連城《れんじょう》の璧《たま》を得た喜びにもまさっていた。そこで盆の上に伏《ふ》せて飼い、粟や米を餌《えさ》にして、手おちのないように世話をし、期限の来るのを待って献上しようと思った。成に子供があって九歳になっていた。父親のいないのを見て、そっと盆をのけた。虫はぴょんぴょんと飛びだした。子供は驚いて捉《とら》えようとしたが迅《はや》くて捉えられない。あわてて掌《てのひら》で叩《たた》きつけたので、もう股《あし》が折れ腹が裂けて、しばらくして死んでしまった。子供は懼れて啼きながら母親にいった。母親はそれを聞くと顔の色を変えて驚き、
「いたずらばかりするから、とうとうこんなことになったのだ。お父さんが帰って来たら、ひどい目に逢《あ》わされるのだよ。」
と言って帰った。子供は泣きながら出ていった。
間もなく成が帰って来た。成は細君の話を聞いて、雪水を体にかけられたように顫《ふる》えあがった。それと共に悪戯《いたずら》をした我が子に対する怒りが燃えあがった。成は子供をひどい目に逢わそうと思ってたずねたが、子供はどこへいったのかいった所が解《わか》らなかった。
そのうちに子供の尸《しがい》を井戸の中に見つけた。そこで怒りは悲みとなって大声を出して泣き叫んだ。夫婦はその悲みのために物も食わないで向きあって坐って、すがるものもないような気持ちであった。日がもう暮れようとした。夫婦は子供の尸を取りあげ、粗末な葬式をすることにして、近くへいって撫《な》でてみるとかすかな息が聞えた。二人は喜んで榻《ねだい》の上へあげた。
夜半ごろになって子供はいきかえった。夫婦の心はやや慰められたが、ただ子供はぼんやりしていて、かすかな息をして睡《ねむ》ろう睡ろうとするふうをした。成はその時気がついて虫の篭を見た。篭の中には何もいなかった。そこで成は息がつまりそうになった。成はもう子供のことを考えなかった。
成は終夜まんじりともしなかった。そのうちに朝陽が出て来た。ぐったりとなって心配している成の耳に、その時不意に門の外で鳴く促織《こおろぎ》の声が聞えて来た。成はびっくりして起きて見にいった。虫はまだ鳴いていた。成は喜んで手を持っていった。虫は一声鳴いてから飛んだ。その飛びかたがすばしこかった。成はそこで掌でひょいとふせたが、中に何もいないようであるから、ちょっと手をすかしてみると、虫はまたぴょんと飛んでぴょんぴょんと逃げていった。成はあわてて追っていった。虫は牆《へい》の隅へまでいってそれから解らなくなった。成はそのあたりを歩きまわってたずねた。虫は壁の上にとまっていた。よくみると体の小さな赤黒い色の虫で、それは初めの虫ではなかった。成はその虫があまり小さいのでつまらないと思って、初めの虫を見つけようとあちこちと見まわした。壁にとまっていた小さな虫は、この時不意に飛んで成の肩に止まった。それを見ると促織の上等のものとせられている土狗《どこう》か梅花翅《ばいかし》のようであった。それは首の角ばった長い脛《すね》をした虫で、どうもいい虫のようであるから喜んで捉えて、まさに邑宰の許へさしだそうとしたが、つまらない虫で気に入られなかったなら大変だと思ったので、まずためしに闘わしてみてからにしようと思った。その時|好事者《ものずき》の村の少年が一疋の促織を飼って、自分で蟹殻青《かいかくせい》という名をつけ、毎日他の少年達と虫あわせをしていたが、その右に出るものがなかった。そこでその少年は利益を得ようと思って、その値《ね》を高くしたが買う者がなかった。少年は成が虫を捕ったということを聞いて、その虫も負かすつもりで、成の家へいって、成の蓄《か》っている虫を見た。それは形が小さくてつまらない虫であるからおかしくて噴《ふ》きだそうとしたが、やっ
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