れを押えながら茂作の方を見た。
「も、も、茂作さん」
 茂作は返事をしなかった。巳之吉はおそるおそる茂作の傍へ往って、茂作を揺り起そうとしたが、茂作は氷のように冷く硬ばっていた。巳之吉はその場に倒れてしまった。
 翌朝《あくるあさ》になって、巳之吉は船頭に気つけの水を飲まされて我れに返った。船頭は村の者を呼んで来て、ともども巳之吉をその家へ運んで往って、事情を聞いたが、巳之吉は何も云わなかった。
 巳之吉はそれから永い間床についていたが、やっと体の具合がよくなったので、一人でまた森へ通うようになった。そして、渡頭《わたしば》の船頭小屋の傍を往復するたびに、白い衣服の女の事を思いだして恐れた。
 そのうちに一年ばかり経《た》った。それは木枯《こがらし》の寒い夕方であった。巳之吉は森からの帰りに渡船《わたし》に乗ったところで、風呂敷包を湯とんがけ[#「とんがけ」に傍点]にした田舎娘が乗っていた。手足のきゃしゃな色の白い娘であった。
 渡船をあがった巳之吉は、その娘と後になり前《さき》になりして歩いていたが、そのうちに並んで歩くようになった。巳之吉は娘の素性が知りたかった。
「お前さんは、何
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