雪女
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)多摩川《たまがわ》縁《べり》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)毎日|木樵頭《さきやま》の
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「女+交」、第4水準2−5−49]
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多摩川《たまがわ》縁《べり》になった調布《ちょうふ》の在に、巳之吉《みのきち》という若い木樵《きこり》がいた。その巳之吉は、毎日|木樵頭《さきやま》の茂作《もさく》に伴《つ》れられて、多摩川の渡船《わたし》を渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。
ある冬の日のことだった。平生《いつも》のように二人で森の中へ往って仕事をしていると、俄に雪が降りだして、それが大吹雪になった。二人はしかたなしに仕事を止《や》めて帰って来たが、渡頭《わたし》へ来てみると、渡船《わたし》はもう止まって、船は向う岸へつないであった。
二人はどうにもならないので、河原の船頭小屋へ入った。船頭小屋には火もなく、二畳ほどの板敷があるばかりであった。
二人はその板敷の上へ蓑《みの》を着て横になったが、昼間の疲れがあるのですぐ眠ってしまった。
そのうち巳之吉は、寒いので目をさました。小屋の戸が開け放しになっていて雪がさかんに舞いこんでいた。
「茂作さんが外へ出たのか」
巳之吉は茂作の方を見た。其処には真白い衣服《きもの》の女がいて、それが茂作の上へのしかかって、その顔へ呼吸《いき》を吐きかけていた。巳之吉は驚いて声を立てようとした。と、女は茂作を棄てて巳之吉の上へ来た。それは白い美しい顔であったが、眼が電《いなずま》のように鋭かった。
巳之吉は衝《つ》き飛ばして逃げようとしたが、体も動かなければ声も出なかった。女はその時はじめて巳之吉の貌《かお》に気が注《つ》いたようにした。巳之吉は田舎に珍しい※[#「女+交」、第4水準2−5−49]童《びなん》であった。
「この事を何人《たれ》にも話しちゃいけないよ、もし話したら、お前さんの命はないよ、判ったね、忘れちゃいけないよ」
女はそのまま巳之吉を放れて戸外《そと》へ出、降りしきる雪の中へ姿を消していった。
巳之吉ははね起きた。そして、戸をぴしゃりと閉めて、背でそ
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