。ある夜お雪は、いつものように子供たちを寝かせた後で、針仕事をはじめた。行燈《あんどん》の燈は浮きあがるようにお雪の綺麗な顔を見せていた。巳之吉はぼんやりと炉端に坐って、見るともなしにお雪の顔を見ているうちに、昔船頭小屋で見た奇怪な白い衣服《きもの》の女のことを思いだした。
「おい、お雪、お前がそうしているところは、昔、おれが会った女にそっくりだぜ。お前も白いが、その女の顔は、とっても白かったぜ」
「話しておくれよ、その女の事を」
「それがさ、ほんとに鬼魅《きみ》のわるい話だよおまえ。肝《きも》をつぶしちゃいかんぞ」
 巳之吉は大吹雪のこと、船頭小屋へ泊ったこと、茂作の奇怪な最期などを細《こま》ごまと話した。
「その女の顔の白さったら、なかったぜ。あんまり不思議なことだから、夢じゃなかったかと考えて見るがな、何にせい、ああして茂作どんが取り殺されたところを見ると、やっぱりあれが雪女ってものだろう、なあ」
 お雪はいきなり手にしていた縫物を投げすてるなり、つかつかと巳之吉の前へ来て凄《すご》い雷《いかずち》のような目をして巳之吉を見た。
「そりゃわたしだよ。あの時、あんなに約束してあるのに、お前さん、よくも約束を破ったね。だが、もうお前さんをどうもしないよ、そのかわり子供を可愛がっておくれ、いいかい。もしわたしの子だからって、ひどい目に会わしたら、その時こそ、判ったねお前さん」
 声の終りの方が風のようにかすれた。かと思うと、お雪の身体はぽうと白い霞のようになって、そのまま天窓から出て往った。



底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
   1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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