青蛙神
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)灌水《かんすい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)十|娘《じょう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「号+鳥」、第3水準1−94−57]《ふくろう》
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揚子江と灌水《かんすい》の間の土地では、蛙の神を祭ってひどく崇《あが》めるので、祠《ほこら》の中にはたくさんの蛙がいて、大きいのは籠ほどあるものさえある。もし人が神の怒りにふれるようなことがあると、その家はきっと不思議なことがあって蛙がたくさんきて几《つくえ》や榻《ねだい》であそんだり、ひどいのになると滑《なめら》かな壁を這いあがったが堕《お》ちなかった。そのさまは一様でなかったが、その家に悪いしらせがあると、人びとはひどく恐れて、牲《にえ》を供えて禳《はろ》うた。神が喜んでうけいれてくれると、その不思議がなくなるのであった。
楚に薛崑《せつこん》という者があった。小さい時から慧《りこう》で、姿容《きりょう》がよかった。六つか七つの時、青い衣《きもの》を着た婆さんが来て、
「わしは神の使いだ」
と言って、座敷へあがりこんで、蛙神《あしん》のおぼしめしを伝えた。
「わしの女《むすめ》を崑生《こんせい》にめあわしたい」
崑の父の薛老人はかざりけのない男であった。心がすすまなかったので、
「児《こども》が小そうございますから」
と言ってことわったが、まだ他《ほか》と結婚の話はしなかった。そのうちに五六年たって、崑もだんだん大きくなったので、姜《きょう》という家の女と結納をとりかわした。すると神から姜にお告げがあった。
「崑生はわしの婿だ、禁臠《きんれん》に近づいてはならぬぞ」
姜はそこで懼《おそ》れて結納をかえした。薛老人は心配して、牲《にえ》を潔《きよ》めて祠に往って祷《いの》った。
「とても神様と縁組することはできませんから、どうかおゆるしを願います」
いのりが終って供えてある酒と肴の方を見ると、皆大きな蛆《うじ》が入って、うようよとうごめいていた。薛老人は酒と肴をすてておわびをして帰ってきたが、心でひどく懼れて一時神の言いつけを聴くことにした。
ある日のことであった。崑が途を歩いていると、使いの者が来て神の言いつけであると言って、しきりに伴れて往こうとするので、しかたなしに従《つ》いて往った。そして、朱塗の門を入って往くと、そこにきれいな楼閣があって、一人の叟《としより》が堂《ざしき》の上に坐っていたが、七八十歳になる人のようであった。崑がかしこまってお辞儀をすると、叟は旁《かたわら》の者に言いつけて、崑をおこして自分の案《つくえ》の旁へ坐らした。
しばらくすると侍女や媼《ばあや》などがそのあたりにごたごたと集まってきて崑を見だした。叟は振り向いて、
「奥へ往って薛の郎《わかだんな》がいらしたと言ってこい」
と言った。すると二三人の侍女が奔《はし》って往ったが、ちょっと手間を取ってから、一人の老婆が女郎《むすめ》をつれて出てきた。それは年の比《ころ》が十六七で、その麗わしいことは儔《たぐい》のない麗しさであった。叟はそれに指をさして言った。
「この児は十|娘《じょう》だ、自分から君と佳いつれあいだと言っておる、君のお父様は、異類だと言ってこばんでいるが、これは自分達が一生のことで、両親のことじゃない、これを決める決めないは君しだいだ」
崑は十娘に目をやったがすぐ気に入ってしまった。しかし黙っていて返辞をしなかった。すると老婆は言った。
「私はとうから郎の心を知っております、どうか前《さき》へお帰りください、すぐ十娘を送ります」
崑は、
「はい」
と言って、そこを出て帰り、父親にそのことを知らした。薛老人は驚きあわてたがどうすることもできない。そこで崑に言いかたを教えて断りに往かそうとしたが、崑はどうしても往こうとしなかった。親子で言いあらそいをしているうちに、輿《こし》がもう門口へ来て、お供の侍女が群をしていた。そして十娘が来て、奥へ往って舅と姑に挨拶した。
舅と姑は十娘を見ると喜んだ。そこでその晩すぐ婚礼の式をあげたが、二人は心があって、ひどく仲がよかった。それによって神の夫婦が時おり崑の家に姿を顕わした。そして神の夫婦の衣服《きもの》を見て、それが赤い時には喜びがあり、白い時には金が入った。かならず験《しるし》があった。それで崑の家は日ましに栄えて往った。
神と結婚してから崑の家は、門も座敷も垣根も便所も皆蛙ばかりとなった。しかし、他の人は決して悪口したり蹴ったりしなかったが、ただ崑は少年の気ままから、喜べば忘れ、怒れば践《
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