ふ》み殺して、大事にしてやらなかった。十娘はすなおであったが、ただよく怒った。彼はどうしても崑のすることに善い感じを持つことができなかった。そして、崑も十娘であるがためにこらえなかった。十娘がさからうことでもあると崑は怒って言った。
「おまえの家の爺さんや媼《ばあ》さんが、どうして人間に禍をくだすことができるものかい、男が何のために蛙なんかこわがるのだ」
 十娘はひどく蛙ということをきらっていた。それを聞くとひどく怒って言った。
「私が来てから、あなたの家は、田の粟のとりめが多くなり、売りねも高くなって、今、児も年よりも、皆が温かに着て、お腹一ぱいにたべていられるじゃないの、※[#「号+鳥」、第3水準1−94−57]《ふくろう》に翼《はね》が生えて、母鳥《おやどり》の睛《ひとみ》をつッつくのとおんなじようなことをしようというのですか」
 崑はそれを聞くとますます怒って、
「俺はけがらわしいものの増すのが厭なのだ、そんなものが子孫に貽《のこ》せるものかい、どうか早く出て往ってくれ」
 と言ってとうとう十娘を逐《お》いだしてしまった。崑の両親がこれを聞いた時には、十娘はもう往ってしまった後であった。そこで崑を呵《しか》って、急いで往って伴れ帰らそうとしたが、崑は火のように怒って承知しなかった。
 夜になって崑の母親と崑が病気になって、ふさぎもだえるような状態で食事もしなかった。薛老人は懼れて蛙神の祠へ往ってあやまったが、その言葉は心から出た誠のあるものであった。三日たってから二人の病がなおった。十娘もまた自分で帰ってきた。夫婦は初めのようないい仲になった。
 十娘は毎日お化粧をして坐っているばかりで、女のする為事《しごと》は何もしなかった。崑の着物から履物のことは一切母親にさした。母親はある日怒って言った。
「悴は嫁をもらってるのに、やっぱり年よりに世話をかける、他家《よそ》では、嫁が姑に仕えるが、我家《うち》では、姑が嫁に仕えるのだから」
 十娘はそれを聞いたので怒って堂へ入って言った。
「私は、朝の御飯のお給事をし、晩にはおやすみになるのを伺います、姑に仕えるとは、どんなことなのです、あなたがいけないとおっしゃるのは、傭人の給金を惜しんで、自分で働くことができないばかりじゃありませんか」
 母親は黙ってしまったが、嫁に言いこめられたのを慚《は》じて泣きだした。崑は入ってきて母の顔に涙の痕のあるのを見つけて、問いつめてその事情を知ったので、怒って、十娘を責めた。十娘は言いかえしをして負けてはいなかった。そこで崑は、
「妻をもらって親をよろこばすことができないなら、ないほうがいい、老いぼれ蛙に怒られたって、災難を受けて死ぬまでだ」
 と言ってまた十娘を出した。十娘はすぐに出て往ったが、翌日になって崑の家は母屋から火が出て幾棟かに延焼し、几案《つくえ》牀榻《ねだい》、何もかも灰になってしまった。崑は怒って蛙神の祠へ往って言った。
「女を養うて姑に仕えさすことのできないのは、家庭の教えがないというものだ、あんな女の道を知らない者をかばうとは何ごとだ、神は至って公平なものじゃないか、人に妻を畏れさすようにするとは何ごとだ、それにさ、夫婦の喧嘩は、皆俺のしたことで、両親の知ったことじゃない、罪があるなら俺に加えるがいい、それを両親のいる家を焼くとは何ごとだ、俺も汝《きさま》の家を焼いて讐をうってやる」
 言いおわると薪を持って神殿の下へ入って、火を点《つ》けようとした。土地の人が集まってきて、どうか焼かずにおいてくれと泣くように言って頼むので、崑は火を点けることをやめて怒りながら帰ってきた。両親はそのことを聞いて、ひどく懼れて顔色を失った。
 夜になって蛙神が近村の人びとの夢にあらわれて、崑の家をつくってくれと言ったので、村の人は夜が明けると、材木を運び、大工を集めて、崑のために建築にとりかかった。崑は辞退したが、止めなかった。毎日数百人の人が道に溢れて手伝いに来たので、幾日もたたないうちに新しい第舎《やしき》ができて、一切の道具がととのった。そして後かたづけが終ったところで、十娘が帰ってきて、堂へ入って、やさしい言葉であやまった後で、崑の方を振り向いて、にっと笑った。
 一家の者は怨みを忘れて喜んだ。十娘はそれから性質がますます穏やかになって、二年の間はなにもいうことがなしにすぎた。十娘は一ばん蛇をきらっていた。崑はいたずらに小さな蛇を函の中へ入れて、十娘をだましてその函を啓《あ》けさした。十娘は顔色を変えて怒って、崑を罵った。崑もまた笑っていたのがかわって嗔《いかり》となった。二人は互いに悪口を言いあった。十娘は、
「こんどは、あなたに出されるまで待ちません、どうか離縁してください」
 と言ってとうとう出て往った。薛老人はひどく恐れて
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング