か、舟に乗るなら、宿へでもさう云つて拵へて貰はなくちや、」
「大丈夫ですよ。私が呼んでありますから、」
「本当ですか、」
「本当ですとも、其所をおりませう、」
 川風に動いてゐる丈高い草が一めんに見えてゐて路らしいものがそのあたりにあると思はれなかつた。
「おりられるんでせうか、」
「好い路がありますよ、」
 省三は不思議に思ふたが女が断言するので土手の端へ行つて覗いた。其所に一巾の土の肌の見えた路があつた。
「なるほどありますね、」
「ありますとも、」
 省三は先にたつてその路をおりて行つた。螢のやうな青い光が眼の前を流れて行つた。
「螢ですね、」
「さあ、どうですか、」
 黄ろな硝子でこしらへたやうな中に火を入れたやうな舟が一艘蘆の間に浮いてゐた。
「をかしな舟ですね。ボートですか、」
「なんでも好いぢやありませんか、あなたを待つてる舟ですよ、」
 そんな邪慳な言葉を省三はまだ一度も女から聞いたことはなかつた。彼は女はどうかしてゐると思つた。
「お乗りなさいよ、」
「乗りませう、」
 省三は舟を近く寄せようと思つて纜を繋いである所を見てゐると舟は蘆の茎をざらざらと云はして自然と寄つ
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