て来た。
「お乗りなさいよ、」
「綱は好いんですか、」
「好いからお乗りなさいよ、」
省三は舟のことは女が精しいから云ふ通りに乗らうと思つてそのまま乗り移つた。舟の何所かに脚燈を点けてあるやうに足許が黄ろく透して見えた。
「いよいよ乗せたから、持つてお出でよ、」
女はかう云ひながら続いて乗つて胴の間に腰をかけて省三と向き合つた。女の体は青黄ろく透きとほるやうに見えた。
「皆でなにをぐづぐづしてゐるんだね。早く持つてお出でよ、」
省三は体がぞくぞくとした。と、舟は発動機でも運転さすやうに動き出した。
「この舟は一体なんです。変ぢやありませんか、」
「変ぢやありませんよ、」
「でも、機械もなにもないのに動くぢやありませんか、」
「機械はないが、沢山の手がありますから、動きますよ、」
「え、」
「今に判りますよ、ぢつとしてゐらつしやい、」
「さうですか、」
女は大きな声を出して笑ひ出した。省三は怖る怖る女の顔に眼をやつた。黄ろな燃えるやうな光の中に女の顔が浮いてゐた。
「なにをそんなに吃驚なさいますの、」
女の首は左に傾いて細かい沢山ある頭の毛が重さうに見えた。それは前橋の女の顔で
前へ
次へ
全37ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング