て持つて来た。
「水を持つて来た。この水を飲んでもすこし吐くが好い、」
省三は蹲んでその水を細君の口の傍へ持つて行つた。細君はその茶碗を冷やかな眼で見たなりで口を開けなかつた。
「何故飲まない、飲んだら好いぢやないか、飲まんといけない、飲んで吐かなくちやいかんぢやないか、」
省三は無理に茶碗を口に押しつけた。水がぽとぽととこぼれたが細君は飲まなかつた。
「お前は子供が可愛くないのか、何故飲まない、」
がたがたとそそつかしい下駄の音がして野本が入つて来た。
「先生はすぐ来る、どうだね、大丈夫かね、」
「吐いた、吐いた。吐いたから大丈夫だと思ふんだ、」
「吐いたのか。吐いたら好い、」
野本は傍へ来て立つた。
「奥さんどうしたんです、大丈夫ですから、しつかりしなさい、」
細君の顔は野本の方へと向いた。その眼にはみるみる涙が一ぱいになつた。
「野本君、僕が水を飲まして吐かさうとしても、飲まない。君が飲ましてくれ給へ、」
省三は手にした茶碗を野本の前に出した。
「そんなことはなからうが、僕で好いなら、僕が飲ましてやらう、」
野本はその茶碗を持つて蹲んだ。
「奥さん、どんなことがある
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