可愛くないのか、何故そんな馬鹿な真似をする、しつかりおし、すぐ癒してやるから、」
省三は玄関の方へ走つて行つて先つき自分が脱ぎ捨てたままである駒下駄を急いで履いて格子戸を開け、締めずに引いてあつた雨戸を押しのけるやうに開けて外へ出た。
「やあ、山根君ぢやないか、」
と、向ふから来た者が声をかけた。省三は走らうとする足を止めた。
「何人だね、」
それは野本と云ふ仲間の文士であつた。
「野本君か、野本君、君に頼みがある、家内がすこし怪しいから、急いで医者を呼んで来てくれないかね、此所を出て、右に五六軒行つたところに、赤い電燈の点いた家がある。かかりつけの医者だから、僕の名を云へばすぐ来てくれる、」
「どうしたんだ、」
「馬鹿な真似をして、なにか飲んだやうだ、」
「よし、ぢや、行つて来る。君は気をつけてゐ給へ、」
野本は走つて行つた。それと一緒に省三も家の中へ走り込んだ。
細君は両手をついて腹這ひになりひつくり反つたコツプの上から黄ろなどろどろする物を吐いてゐた。
「吐いたか、吐いたなら大丈夫だ、」
省三は急いで台所へ這入つて行つて手探りに棚にあつた飯茶碗を取つてバケツの水を掬ふ
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