とろりとする味であつた。……省三は乾いた咽喉をそれで潤してゐるとその眼の前に青々した蘆の葉が一めんに浮んで来た。そしてその蘆の葉の間に一筋の水が見えて、前後して行く二三隻の小舟が白い帆を一ぱいに張つて音もなく行きかけた。舵が少し狂ふと舟は蘆の中へずれて行つて青い葉が舟縁にざら/\と音をたてた。薄曇のした空から漏れてゐる初夏の朝陽の光が薄赤く帆を染めてゐた。舟は前へ/\と行つた。右を見ても左を見ても青い蘆の葉に鈍い鉛色の水が続きそのまた水に青い蘆の葉が続いて見える。
(先生、これからお宅へお伺ひしてもよろしうございませうか)
若い女は持前の癖を出して首をかしげるやうにして云つた。
(好いですとも、遊びにいらつしやい、月、水、金の二日は、学校へ行きますが、それでも二時頃からなら、大抵家にゐます、学生は土曜日に面会することにしてありますがあなたは好いんです、)
(では、これから、ちよい/\お邪魔致します、)
(好いですとも、お出でなさい、詩の話でもしませう、実に好いぢやありませんか、この景色は、)
(本当にね、誰かの詩を読むやうでございますのね、蘆と水とが見る限りこんなに続いてゐて、)
「
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