横切り弁天の方へと行きかけた。其処には薄つすらした靄がかかつて池の周囲の灯の光を奥深く見せてゐた。
 彼は山の上で一時間も考へたことをまた後に戻して考へてゐた。……かうなれば世間的の体裁などを云つてゐられない断然別居しよう、子供には可哀さうだが仕方がないそして別居を承知しないと云ふならひと思ひに離別しよう、子供はもう三歳になつてゐるからしつかりした婆やを雇へば好い今晩先づ別居の宣言をしてみよう、気の弱いことではいけないどうも俺は気が弱いからそれがためにこれまで何かの点に於て損をしてゐる。断然とやらう来る日も来る日も無智な言葉を聞いたり厭な顔を見せられたりするのは厭だ……。
 彼はその夕方細君といがみ合つたことを思ひ浮べてみた。先月のはじめ水郷の町の講演に行つて以来長くて一週間早くて四五日するとぶらりと家を出て行つた。そのつど二三日は帰つて来ない彼に対して敵意を挟んで来てゐる細君は隣の手前などはかまはなかつた。
 ……(さんざんしやぶつてしまつたから、もう用はなくなつたんでせう、)
 ……(私のやうな者は、もう死んでしまや好いんでせう、生きてて邪魔をしちや、どつさりお金を持つて来る女が来
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