遠くからお話を伺つたばかしでは、気が済まなくなりまして、こんな御無理をお願ひしました、こんなお婆さんに見込まれて、御迷惑でございませう、」
女はまた笑つた。省三も笑ふより他に仕方がなかつた。
「私は判りませんけれど、今日先生がなさいました、恋愛に関するお話は、非常に面白うございました、あのお話の中の女歌人のお話は、非常な力を私達に与へてくださいました。もツともこんなお婆さんには、あの方のやうな気の利いた愛人なんかはありませんが、あのお話で、つまらない世間的な道徳などは、何の力もなくなつたやうな気がしますわ、」
「あなたのやうに、心から、私のつまらん講演を聞いてくだされた方があると、私も非常に嬉しいです。しかし、私が本当の講演が出来るのは、まだ十年の先ですよ、まだ、何も頭にありませんから、」
「そんなことがあるものでございますか、今日の聴衆と云ふ聴衆は、先生のお話に感動して、涙ぐましい眼をして聞いてをりましたわ、」
「駄目です、まだこれから本を読まなくては、もつとも、これからと云つても、もう年が行つてますから、」
「失礼ですが、お幾歳でゐらつしやいます、」
「幾歳に見えます、」
「さう
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