、さうですね、」女は黒い眼でぢつと正面で省三の顔を見詰めたが「三十二三でゐらつしやいますか、」
「やあ、それはおごらなくちやなりませんね、六ですよ、」
「三十六、そんなには、どうしても見えませんわ、」
「あなたはお幾歳です、」
「私、幾歳に見えますか、」
「さあ、三ですか、四にはまだなりますまいね、」
「なりますよ、四ですよ、矢張り先生のお眼は違つてをりますわ、」
「お子さんはおありですか、」
「子供はありません。一度結婚したこともありますが、子供は出来ませんでした、」
 省三はその女が事情があるにせよ、独身であると云ふことを聞いて、心にゆとりが出来た。彼は女が二度目に注いでくれたコツプを持つた。
「それでは、目下はお一人ですか、」
「さうでございますわ、こんなお婆さんになつては、何人もかまつてくださる方がありませんから一人で気儘に暮してをりますわ、」
「却つて、係累がなくつて気楽ですね、」
「気楽は気楽ですけれど、淋しうございますわ、だから今日のやうな我儘を申すやうなことになりますわ、」
「こんな仙境のやうな所なら、これから度度お邪魔にあがりますよ、」
 省三はもう酔つてゐた。
「今
前へ 次へ
全37ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング