でございますよ、」
女は左の方へちよつと眼をやつた。省三も女の顔をやつた方へ眼をやらうとしてすぐ傍の水の上に眼を落してから驚いた。この周囲の水の上は真黒な魚の頭で埋まつて見えた。それは公園や社寺の池に麩を投げた時に集つて来る鯉の趣に似てゐるがその多さは比べものにならなかつた。魚は仲間同士で抱きあつたり縺れあつたりするやうに水をびちや/\と云はして体を搦ましあつた。
「鯉でせうか、」
省三は眼を見張つた。
「そんなに騒ぐものぢやありませんよ、静になさいよ、お客さんがびつくりなさるぢやありませんか、」
女は魚の方を見てたしなめるやうに云つた。省三の耳にはその女の言葉が切れ/″\に聞えた。省三は女の顔を見た。
「このボートで行つてると、湖の魚が皆集つて来るのでございますよ。でも、あまり多く集つて来るのも煩いではございませんか、」
「鯉でせうね、私はこんな鯉をはじめて見ましたね、この湖では鯉をとらないでせうか、」
「とりますわ、この湖で鯉をとつて生活してゐる漁夫は沢山ありますわ、」
「さうですか、そんなに鯉をとつてるのに、こんなに集つて来るのは、鯉も大変ゐるんですね、」
「先生をお迎へす
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