た。お岩の家は日蓮宗《にちれんしゅう》であった。そこへ伊右衛門が入って来た。
「昨夜《ゆうべ》帰ってみるといなかったが、ぜんたいどこへ往ってたのだ、夫の留守に夜歩きするとはけしからん奴だ」
お岩は喜兵衛の家へ往っているのでやましいことがなかった。そのうえ女狂いと博奕に家を外にしている夫が、すこし位の外出を咎《とが》めだてするのが酷く憎かった。
「わたしは、伊藤喜兵衛殿からお使がまいりましたから、あがりました、わたしが、すこし留守したことを、かれこれおっしゃるあなたは、何をしていらっしゃるのです、わたしのことをお疑いになるなら、伊藤喜兵衛殿にお聞きください」
「喜兵衛殿が呼んだにしたところで、家を空けて来いとは云わないだろう、何を痴《ばか》なことを申す」
伊右衛門はお岩に飛びかかって撲《なぐ》りつけた。お岩は泣き叫んだが、だれも止めに来る者もなかった。伊右衛門はお岩を散ざんに撲っておいて外へ出て往った。お岩は一室に入って蒲団《ふとん》を着て寝ていたが、口惜しくてたまらないから剃刀《かみそり》を執り出して自殺しようとした。しかし、考えてみると己《じぶん》が死んだ後で伊右衛門から乱心して
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