ょうべえ》を跡目にした。すると己《じぶん》の跡目を相続するものがないので、御持筒組《おもちづつぐみ》同心の次男で小三郎《こさぶろう》と云う十三になる少年を養子にした。そして、庄兵衛が御番入りをして三年目になった時、庄兵衛は十人ばかりの朋輩といっしょに道を歩いていると、年のころ五十ばかりに見える恐ろしい顔をした女乞食《おんなこじき》がいた。庄兵衛といっしょに歩いていた近藤六郎兵衛はその乞食に眼を注《つ》けて、
「かの女非人は、田宮又左衛門の女《むすめ》に能く似ている」
 と云った。すると他の者は、
「お岩は、あれよりも背も低かったし、御面相も、あれよりよっぽど悪かった」
 と云った。庄兵衛は小さい時から種々の事を聞かされているので気味悪く思ったが、それから三日目の夕方になって病気になった。長右衛門は驚いて庄兵衛の家の跡目の心配をしていると、六日目の夕方から長右衛門自身が病気になって八日目に歿くなり、続いて庄兵衛が十日目になって歿くなったので田宮家は又断絶した。
 小三郎は養父の二七日《ふたなぬか》の日になって法事をしたところで、翌朝六つ時分になって庖厨《かって》に火を焼《た》く者があった
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