ざいますか、この辺《あたり》にいらっしゃると聞いておりましたが、こちらさまでございますか、いかがでございます、左門殿町の方へも時どきいらっしゃいますか」
「わたしは、もう、道楽者の夫とは、縁を切って、こちらさまの御厄介になっておるから、往ったこともないが、さすがの比丘尼も、あの道楽者には困っておりましょうよ」
「おや、お嬢様は、何も御存じないと見えますね、伊右衛門様は、伊藤喜兵衛様のお妾のお花さんを御妻室になされておりますよ」
「え、それはほんとかえ」
「ほんとでございますとも、それも人の噂《うわさ》では、喜兵衛様のお妾のお花と、伊右衛門様をいっしょにするために、喜兵衛様、長右衛門様、伊右衛門様の三人が同腹《ぐる》になって、伊右衛門様に道楽者の真似《まね》をさして、それでお嬢様をお出しになったということでございます」
「そうか、そうであったか、そう云えば、読めた、鬼、外道」
 お岩の眼はみるみる釣りあがった。顔の皮が剥けて渋紙色をした眼の悪い髪の毛の縮れた醜い女の形相は夜叉《やしゃ》のようになった。茂助は驚いて逃げだした。お岩の炎の出ているような口からは、伊右衛門、喜兵衛、お花、長右衛
前へ 次へ
全18ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング