だしたが、他へやるには数多《たくさん》金をつけてやらなくてはいけないから、だれか金の入らない者はないかと考えた結局《あげく》、時どき己《じぶん》の家へ呼んで仕事をさしている伊右衛門が、容貌の悪い女房を嫌っていることを思いだしたので、伊右衛門を呼んで酒を出しながらそのことを話した。
「お前が引受けてくれないか、そのかわり一生お前の面倒を見てやるが」
 伊右衛門はその女に執着を持っていたから喜んだ。
「あの妖怪《ばけもの》と、どうして手を切ったら宣《よ》いのでしょう」
「それは、わけはないさ」
 喜兵衛は伊右衛門に一つの方法を教えた。伊右衛門はそれを教わってから家を外にして出歩いた。そして、手あたり次第に衣服《きもの》や道具を持ち出したのですぐ内証《ないしょ》が困って来た。お岩がしかたなしに一人置いてあった婢《げじょ》を出したので、伊右衛門の帰らない晩は一人で夜を明さなければならなかった。お岩は伊右衛門を恨むようになった。
 その時喜兵衛の家からお岩の許《もと》へ使が来て、すこし逢いたいことがあるから夜になって来てくれと云った。お岩は夕方になっても伊右衛門が帰らないので、家を閉めておいて喜兵衛の家へ往った。喜兵衛はすぐ出迎えて座敷へあげた。
「あなたをお呼びしたのは、伊右衛門殿のことだが、あれは見かけによらない道楽者で、博奕《ばくち》打ちの仲間へ入って、博奕は打つ、赤坂《あかさか》の勘兵衛長屋の比丘尼《びくに》狂いはする、そのうえ、このごろは、その比丘尼をうけだして、夜も昼も入り浸ってると云うことだが、だいち、博奕は御法度だから、これが御頭の耳にでも入ると、追放になることは定まってる、そうなれば、あなたは女房のことだから、夫に引きずられて路頭に迷わなくてはならない、そうなると、田宮家の御扶持切米も他人の手に執られることになる、わたしはあなたの御両親とは親しくしていたし、意見もしたいと思うが、わたしは与力で、支配同然だからすこし困る、どうか、あなたが意見をして、博奕と女狂いをよすようにしてください」
 お岩は恥かしくもあれば悲しくもあった。お岩は泣きながら恨みと愚痴を云って帰って来たが、家は閉まったままで伊右衛門は帰っていなかった。伊右衛門はその晩は喜兵衛の家にいて、隣の部屋から喜兵衛とお岩の話を聞いていたのであった。
 朝になってお岩は持仏堂の前に坐ってお題目を唱えてい
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