が細君を離縁してから、母は多方《ほうぼう》へ嫁をもらう相談をしたが、母親がわからずやのひどい人であるということが世間の評判になったので、どこにも嫁になる者がなかった。
 三、四年して大成の弟の二成がだんだん大きくなって、とうとう先に結婚した。その二成の細君は臧《ぞう》という家の女であったが、気ままで心のねじけたことは姑にわをかけていた。で、姑がもし頬をふくらまして怒ったふうを見せると、臧は大声で怒鳴った。それに二成はおくびょうで、どっちにもつかずにおずおずしていたから、母の威光はとんとなくなって、臧にさからわないばかりか、かえってその顔色を見て強いて笑顔をして機嫌をとるようになった、しかし、それでもなお臧の機嫌をとることができなかった。
 臧は母を婢のように追いつかったが、大成は何もいわずにただ母の代わりになってはたらいた。器を洗うことから掃除をすることまでも皆やった。母と大成とはいつも人のいない処へいって泣いた。
 間もなく母は気苦労がつもって病気になり、たおれて牀《とこ》についたが、便溺《しものもの》から寝がえりまで皆大成の手をかりるようになった。それがために大成も昼夜睡ることができないので、両方の目が真赤に充血してしまった。そこで弟の二成を呼んで代りにやらせようとしたが、二成が門を入って来ると臧がすぐ喚びに来て伴れていった。
 大成はそこで姨の家へかけつけて、
「見舞ってやってください。」
 といって涙を流しながら頼んだ。その頼みの言葉の畢《おわ》らないうちに、珊瑚が幃《とばり》の中から出て来た。大成はひどく慚《は》じて、黙って出て帰ろうとした。珊瑚は両手をひろげて出口にたちふさがった。大成は困ってその肘の下を潜《くぐ》りぬけて帰って来たが、そのことは母には知らさなかった。
 間もなく姨が来た。大成の母は喜んでいてもらうことにした。それから姨の家から日として人の来ないことはなかった。そして来れば旨《うま》い物を送ってよこさないことはなかった。姨は家にいる寡婦《やもめ》の嫁にことづけをした。
「ここではひもじいめに逢うようなこともないから、もう何も送って来ないようにってね。」
 しかし姨の家からは欠かさずに物を送って来た。姨はそれをすこしも食わずに、のこしておいて病人にやった。
 大成の母の病気はだんだんよくなった。姨の孫がその母親にいいつけられて、おいしい食物
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