さん、あんな者を置いちゃいけない、おんだしなさい。」
 といった。叔母は、
「まァ、まァ、門口でそんなことをいってはいけない、お入りなさいよ。」
 といったが、大成は入らないで、
「おい、珊瑚出ていけ。こんな所にいてはいけない、出ろ、出ていけ。」
 といって怒鳴った。間もなく珊瑚は大成の前に出て来た。
「私にどんな罪がございましょう。」
 大成はいった。
「お母さんに仕えることができないじゃないか。」
 珊瑚は何かいいたそうにしながら何もいわないで、俯向《うつむ》いて啜《すす》り泣きをした。その泪《なみだ》には色があってそれに白い衫《じゅばん》が染まったのであった。大成はいたましさにたえないので、いおうとしていた詞《ことば》もよして引返した。
 それからまた二、三日して、母は珊瑚のことを聞き知った。怒って王家へいって汚い詞で王を誚《せ》めた。王も威張って負けていなかった。かえってさんざんに母の悪口をいった。そのうえ、
「嫁はもう出ているじゃないか、まだ安家のなにかになるのですか。私が自分で陳家の女を留めてある、安家の嫁を留めてあるのじゃないよ。なんで他の家のことに口を出すのです。」
 母はひどく怒ったが王のいうことが道理にかなっているので何もいえなかった。それに王の勢いが盛んであるから、だんだんしょげて来て大声に泣きながら返っていった。珊瑚は心がおちつかないので他へいこうと思った。
 その時、王の姨《おば》にあたる老婆があった。それは沈の姉であった。年は六十あまりであった。子供が亡くなって一人の小さな孫と、寡婦になった嫁との三人で暮らしていたが、せんに珊瑚をかわいがってくれたことがあるので、珊瑚はとうとう王の家を出て姨の所へいった。姨は故《わけ》を聞いて、
「妹のわからずやにもほどがある。」
 といって、そこで珊瑚を送り還そうとしたが、珊瑚は、
「それはだめですよ。」
 と、帰っていけない事情を頻りにいって、
「どうか、ここに来ていることをいわないでください。」
 と頼んだ。そこで珊瑚は姨の家にいることになったが、その容子は姑《しゅうとめ》に仕える嫁のようであった。
 珊瑚には二人の兄があった。兄は珊瑚のことを聞いて憐《あわ》れに思って、家《うち》へ連れて来て他へ嫁にやろうとした。珊瑚はどうしてもきかずに、姨の傍で女の手仕事をして生計《くらし》をたてていた。
 大成
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