しがつかなかった。お菊は顔色を真青にして顫《ふる》えていた。
「お菊さん、何か粗相したの」そこには主膳の妾《めかけ》の一人がいた。妾はそう云ってお菊の傍へ来て、「まあ大変なことをしなされたね」と云ったが、お菊が顫えているのを見ると気の毒になったので、「でも、いくら御秘蔵のものでも、たかが一枚の皿だもの、それほどのこともあるまいよ。あまり心配しなくてもいいよ」
 と云っているところへ奥方が出て来たが、お菊の前の破れた皿を見るなり、お菊の髪をむずと掴《つか》んでこづきまわした。
「この大胆者、よくも殿様御秘蔵のお皿を破ってくれた、さあ云え、なぜ破った、なぜお皿を破った」
 奥方は罵り罵りお菊をさいなんだ結句《あげく》主膳の室《へや》へ引摺《ひきず》って往った。濃い沢《つや》つやしたお菊の髪はこわれてばらばらになっていた。お菊は肩を波打たせて苦しんでいた。
「殿様、大変なことをいたしました、この大胆者が御秘蔵のお皿を破りました」
「なにッ」主膳の隻手はもう刀架の刀にかかった。「ふとどき者|奴《め》、斬《き》って捨てる、外へ伴《つ》れ出せ」
 奥方は松のうちに血の穢《けがれ》を見ることは、いけ
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