て引ツ返して行つた。登は庭の方を向いて坐りながら、その女と昨夜知つた女の顔とが一緒になつたやうに思つた。
(さうだ、昨夜の女に似てゐる、だから、見たやうに思つたんだ、)
女が茶碗を盆に乗せて持つて来てゐた。
「そんなにかしこまらないで、横におなりなさいましよ、何人も来る人はありませんから、」
女は物慣れたものごしで云ひ/\、茶碗の盆を登の前へと置いて坐つた。
「すみませんね、」
登はわざと女を見ないやうに茶碗を取つて、麦湯のような薄濁りのした冷たい物を口にした。
「横におなりなさいましよ、私一人ですから遠慮する者はありませんよ、」
登はかしこまつて坐つてゐるのが苦しかつた。
「さうですか、ぢや、失敬します、」
彼は胡座をかいて女の顔を見た。
「ほんとに横におなりなさいましよ、好いぢやありませんか、」
登はふと酒のことを思ひだした。
「もう店をお止めになつたから、お酒なんかは無いでせうね、」
「えゝ、普通のお酒は無いんですけど、本郷のお屋敷から戴いた、西洋のお酒がありますが、なんなら差しあげませうか、」[#「、」」は底本では「」、」]
「いや、それは、それはなんですから、日本
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