きどきやつて来ますがね、この路を通るのははじめてですよ、」
「さうでございませう、此所はちよと這入つてますから、それでもお屋敷へゐらつしやる書生さんが、よくお通りになりますよ、店をやつてます時は、お酒を飲んで行く書生さんがありましたよ、」
登はふとこの家は茶店を止めてゐても、酒ぐらいは置いてあつて、知合の書生などには酒を飲ましてゐるらしいなと思つた。彼はすぐ自分の懐のことを考へてみた。懐にはまだ昨夜の使ひ残りがすこしは有つた。
「さうですか、ぢやすこし休まして戴きませうか、」
「さあ、どうぞ、」
女が立ちあがつた。登も手拭で足をはたきながらあがつたが、帽子のことを思ひだしたので蹲んで持つた。
「汚いんですけれど、」
女は歩いて行つて見付の障子を開けた。左側に小さな小縁が見えて其処に六畳ぐらゐの室があつた。右側は台所になつて、その口の所に一枚の障子があつた。
「此所ですよ、」
「すみませんね、」
登は女の後から行つてその縁側へ出、障子を開け放してある室へと行つた。庭の先は青々とした木の枝が重つてゐて、それに夕陽が明るく射してゐた。
「今お茶を持つてあがります。」
女は小縁を伝う
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