酒があるなら戴いても好いんですが、なに好いんですよ、」
「御遠慮なさらなくても、家の者は、何人も戴きませんから、よろしければ、差しあげませう、すこしゝかありませんけど、」
「さうですか、すこし戴きませうか、御面倒ぢやありませんか、」
「そんなことはありませんよ、では、差しあげませう、」
女は起つて出て行つた、登は出て行く女の紫色の単衣の絡つた白い素足に眼をやりながら、昨夜の女の足の感じをそれと一緒にしてゐた。彼はうツとりとなつて考へ込んでゐた。
「こんな酒ですよ、召しあがれますかどうだか、」
登は夢から覚めたやうな気持で眼をやつた。女が小さなコツプに半分ぐらゐ入れた薄赤い液体を盆に乗せて持つて来てゐた。女は膝を流して坐つてゐた。
「や、これはすみません、」
「なんだか辛いお酒だつて云ふんですよ、」
「さうですか、戴きませう、」
登は茶の盆をすこし左の方に押しやつてから、コツプの乗つた盆を引き寄せ、それを持つてすこし舌の先に乗せてみた。それは麝香のやうな香のある強烈な酒であつた。
「なるほど、きつい酒ですな、しかし、旨いんです、」
登はかう云つて一口飲んだ。彼の眼には黒い女の眼が見えてゐた。やがて登は、月の光のやうな薄暗い灯の点いた室で女と寝そべつて話してゐる自分に気が注いた。彼の手には女の手が絡まつてゐた。彼はまた酒のことを思ひだした。
「もう先ツきの酒はないんですね、」
「お酒、すこしならあるんですよ、まだおあがりになつて、」
女の白い顔が覗くやうにした。
「すこし酒が醒たやうだ、あるならもうすこし飲みたいですな、」
「持つて来ませうか、」
「持つて来てください、」
女は登の手にやつてゐた自分の手を除けて静かに起きながら、コツプの盆を持つて出て行つた。登はそれを見送りながらぢつとしてゐたが、女と離れてゐるのが物たりなくなつて来たので、起きるともなしに起きて、縁側に出て台所の方へと歩いて行つた。
其所には障子の開いた台所の口があつて、内から青白い灯が射して物の気配がしてゐた。登は女が其所で何かしてゐると思つたので覗いてみた。台所の流槽の傍に女が向ふ斜に立つて、高くあげた右の手に黒い長い物をだらりとさげてゐた。登はなんであらふと思つて注意した。それは黒い鱗のぎらぎらとしてゐる大きな蛇で、頭を切り放したらしいその端の切口から赤い血が滴つて、それが流槽の上に
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