た元振の手は邪神の手首に纏《まつ》わり着いた。邪神は驚いて手を引こうとした。元振は剣を閃かして一刀の下に腕の付け根から切り落した。邪神は吼え叫んで逃げた。邪神に随いてきていた者も逃げてしまった。元振は邪神の手を持ったなりに剣を振り冠《かぶ》っていた。
 切り取った邪神の手は毛の荒い野猪《いのしし》の腕であった。

 朝、元振と女が話していると村の人が来た。村の人は女の死骸を収めにきたところであった。村の人は無事な女と元振を見て驚いた。その村の人の眼に野猪の片腕が見えた。
「村の鎮守様だ、神様の手を切るとは甚《ひど》いことをしたものだ、どんな祟りがあるかも知れん、叩き殺して神様にお詫びをする」
 村の人は口ぐちに怒りだした。
「人身御供をとるような神は邪神だ、天地に容《い》れられない大罪だ、その道理が判らないとは、なさけない奴等だ」
 村の人も元振の道理ある詞《ことば》に怒りを収めた。村の人は元振を先頭に立てて、血の滴を随けて二十里ばかりも往った。
 大きな塚穴があって前足の一方を切られた野猪が唸っていた。村の人は塚穴の口で火を焼《た》いて煙をその中へ入れた。野猪は苦しくなったのか外へ出
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