前方《むこう》の空を支えていた。暗い谷間《たにあい》の方へ眼をやった時、蛍火のような一個《ひとつ》の微な微な光を見つけた。
「人家だ」
元振は眼を輝かした。人家ならどうにでも頼んで、一晩泊めて貰おうと思った。
馬は勾配の緩い路を静かにおりはじめた。今のさきまで人家のある処まで往こうと思って、それがために気を張っていた少年は、人家を見つけると共に疲労を覚えてきた。彼は早くその家に往き着こうと思って馬を急がした。
支那の里程で三里ばかり往ったところで、目的《めあて》にして往った明りがすぐ眼の前にきた。そして、人声は聞えないが何か酒宴《さかもり》でもしているように、室《へや》の中から華やかな燈火の光が漏れていた。
元振は馬からおりて、それを門口の立木に繋いで門を入った。家の中はしんとして何の音も聞えなかった。元振は入口の戸を静に叩いた。応《へんじ》もなければ人の出てくる跫音《あしおと》も聞えない。で、今度は初めよりも強く力を入れて叩いた。それでも中へ聞えないのか応がなかった。
「もし、もし、お願いいたします」
元振は声をかけてまた戸を叩いたが、依然として応がないので、彼は中へ入って
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