たなあ」
 と言って、蒲団を捲《まく》って見ると儒者の冠をつけた秀才になっていた。彼は起きて榻《ねだい》の前へ往ってお辞儀をして、自分を殺さなかった恩を謝した。車は、
「僕は酒飲みだから、人から馬鹿だと言われるが、君は僕のためには鮑叔《ほうしゅく》だよ、もし、僕を疑わないなら、飲み友達となろうじゃないか」
 と言って、袖を曳いて榻の上にあがらして、またいっしょに寝た。そして言った。
「これから君は毎晩来たまえよ、疑わないでさ」
 狐は承知した。そして一睡りして起きてみると狐はもういなかった。そこで旨《うま》い酒を瓶に一ぱい入れて狐のくるのを待っていた。
 夜になって果して狐が来た。車は狐を傍へ坐らして、面白く飲んだが、狐は酒が強いうえに、よく冗談を言った。車はその狐と早く知りあいにならなかったことを恨むほどであった。ある時狐が言った。
「いつもいい酒の御馳走になるばかりだが、何をして君の厚意に報いたものだろう」
 車は言った。
「そんなことはどうでもいいじゃないか」
 狐が言った。
「だが、君は貧乏人だから、酒を買う金《ぜに》に困るだろう、ひとつ君のために酒代《さかて》を心配しよう」

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