だ一つ不思議に思われることがあった。
「臨安府の捕卒が往った時、あなたは牀の上にいて、大きな音がするとともに、いなくなったじゃありませんか、あれはどうしたのです、おかしいじゃないか」
白娘子は笑い声を出した。
「あれは婢に云いつけて、板壁を叩かしたのですよ、その音で捕卒がまごまごしてよりつかなかったから、その隙《すき》に逃げて、華蔵寺《かぞうじ》前の姨娘《おばさん》の家にかくれていたのです、あなたはちっとも、私のことなんか考えてくださらないで、あべこべに私を妖怪だなんて云うのですもの、でも、私はあなたの疑いさえ解けるなら宜いのです、これで失礼いたします」
白娘子は小走りに走って外へ出ようとした。王主人の媽々があわてて走って往って止めた。
「まあ、遠い所をいらしたのですから、二三日お休みになって、もっとお話しするが宜いじゃありませんか」
白娘子は引返しそうにしなかった。小婢がそばから云った。
「奥さん、御親切にあんなに云ってくださいますから、もすこしお考えなすったら如何《いかが》です」
白娘子は小婢の方を見た。
「でも、あの方は、もう私なんかのことは思ってくださらないのですもの」
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