も一本の傘のことで二日も御馳走になることはできないと思った。
「まあ、どうか、何もありませんが、召しあがってくださいまし、お話ししたいこともございますから」
 白娘子はそう云って心持ち顔をあからめた。それは夢に見た白娘子の艶《なまめ》かしい顔であった。許宣は卓《つくえ》の上に眼を落した。
「さあ、おあがりくださいまし、私もいただきます」
 白娘子の声について許宣は盃《さかずき》を口のふちへ持っていったが、その味は判らなかった。許宣はそうして己の顔のほてりを感じた。
「さあ、どうぞ」
 許宣は白娘子の云うなりに盃を手にしていたが、ふと気が注《つ》くとひどく長座をしたように思いだした。
「何かお話が、……あまり長居をしましたから」
「お話ししたいことがありますわ、では、もう一杯いただいてくださいまし、それでないと申しあげにくうございますから」
 白娘子はそう云って許宣の眼に己《じぶん》の眼を持って来た。それは白いぬめぬめするかがやきを持った眼であった。許宣はきまりがわるいので盃を持ってそれをまぎらした。と、香気そのもののような女の体がそこに来てぴったりと触れた。
「神の前でお話しすることで
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