となっていたよしみに、すこし除けてください、私は死にそうだ」
 鉢盂の中からそうした声が聞えて来た。と、その時李幕事が来て云った。
「和尚さんが、怪しい者を捉りに来たと云って見えたよ」
「それは法海禅師です、早くお通ししてください」
 李幕事は急いで出て往ったが、やがて法海禅師を伴れて入って来た。
「妖蛇《ようじゃ》はこの下に伏せてあります」
 禅師はそこで口の中で唱えていたが、それが終ると鉢盂を開けた。七八寸ぐらいある傀儡《にんぎょう》のようなものがぐったりとなっていた。禅師はその傀儡に向って云った。
「その方は、何故《なにゆえ》に人に纏《まつ》わるのじゃ」
「私は風雨のときに、西湖に来た蠎蛇《うわばみ》です、青魚《せいぎょ》といっしょになっておりましたところで、許宣を見て心が動いたので、こんなことになりました、それでも、曾《かつ》て物の命を傷《そこの》うたことがございませんから、どうか許してください」
「淫罪《いんざい》がもっとも大きいからいけない、それでも千年間修練するなら命は助かる、とにかく本《もと》の形を現すが宜い」
 と、傀儡《にんぎょう》は白い蛇となって、その傍に青い魚の姿も見えて来た。
 禅師はその蛇と魚を鉢盂《はち》に入れて、それに褊衫《けさ》を被《き》せて封をし、それを雷峰寺《らいほうじ》の前へ持って往って埋《うず》め、その上に一つの塔をこしらえさして、白蛇と青魚を世に出られないようにした。禅師はそれに四句の偈を留《とど》めた。
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雷峰塔倒れ、西湖水|乾《か》れ、江潮|起《た》たず、白蛇世に出《い》ず
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 許宣は法海禅師の弟子となって雷峰塔の下におり、その塔を七層の大塔にしたが、後《のち》、業を積んで病《やまい》がないのに坐化《ざげ》してしまった。朋輩《ほうばい》の僧達は龕《がん》を買《こ》うてその骨を焼き、骨塔を雷峰の下に造ったのであった。



底本:「怪奇・伝奇時代小説選集14 累物語 他10篇」春陽文庫、春陽堂書店
   2000(平成12)年11月20日第1刷発行
底本の親本:「怪談全集 歴史篇」改造社
   1928(昭和3)年発行
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2006年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(
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