王主人の媽々は白娘子を放そうとはしなかった。
「もうすっかり事情も判ったのですから、許宣さんだっていつまでも判らないことは云わないですよ」
 許宣はもう白娘子に対する疑念が解けていた。王主人の媽々は白娘子を許宣の室へ伴れて往った。許宣と白娘子はその夜から夫婦となった。

 許宣の許へ白娘子《はくじょうし》が来てからまた半年ばかりになった。ある日、それは二月の中旬のことであった。許宣は二三人の朋友《ともだち》と散策して臥仏寺《がぶつじ》へ往った。その日は風の暖かな佳い日であったから参詣人《さんけいにん》が多かった。許宣の一行は、その参詣人に交って臥仏寺の前に往き、それから引返して門の外へ出た。そこには売卜者《ばいぼくしゃ》や物売る人達が店を並べていた。その人びとの間に交って一人の道人《どうじん》が薬を売り符水《ふすい》を施《ほどこ》していた。道人は許宣の顔を見ると驚いて叫んだ。
「あなたの頭の上には、一すじの邪気が立っている、あなたの体には、怪しい物が纏《まと》うている。用心しなくては命があぶない」
 許宣は非常に体が衰弱して気分がすぐれなかった。それに白娘子に対して抱いている疑念もあった。彼はそれを聞くと恐ろしくなった。地べたに頭をすりつけるようにして云った。
「どうか私を助けてください」
 道人は頷《うなず》いて符《ふだ》を二枚出した。
「これをあげるから、何人《たれ》にも知らさずに、一枚は髪の中に挟み、一枚は今晩|三更《よなか》に焼くが宜い」
 許宣はそれをもらうと朋友に別れて家へ帰り、一枚は頭の髪に挟み、一枚は三更になって焼こうと思って、白娘子に知らさずに時刻の来るのを待っていた。
「あなたは、また私を疑って、符を焼こうとしていらっしゃるのですね、こうして、もう長い間、いっしょにいるのにどこが怪しいのです、あんまりじゃありませんか」
 傍にいた白娘子が不意に怒りだした。許宣はどぎまぎした。
「いや、そんなことはない、そんなことがあるものか」
 白娘子の手が延びて許宣の袖の中に入れてあった符にかかった。白娘子はその符を傍の灯の火に持っていって焼いた。符はめらめらと燃えてしまった。
「どう、これでも私が怪しいのですの」
 白娘子は笑った。許宣はしかたなしに弁解《いいわけ》した。
「臥仏寺前の道人がそう云ったものだから、彼奴《あいつ》俺をからかったな」
「ほんと
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