許宣はそこで盗賊の嫌疑は晴れたが、素性の判らない者から、私《ひそか》に金をもらったと云うかどで、蘇州《そしゅう》へ配流《ついほう》せられることになった。
 一方邵大尉の方では、約束の通り懸賞金五十両を出してそれを李幕事に与えたが、李幕事は義弟に苦痛を見せることによって得た金であるから、心苦しくてたまらない。で、牢屋の内にいる許宣に面会して、その金を旅費に与え、李将仕と相談して、二つの手簡を持って往かすことにした。その手簡の一つは、蘇州の押司《おうし》の范《はん》院長と云う者に与えたもので、一つは吉利橋下《きちりきょうか》に旅館をやっている王と云う者に与えたものであった。
 その日になると許宣は二人の護送人に伴れられて牢屋を出た。府庁の門口《かどぐち》には李幕事夫婦をはじめ李将仕などが来て待っていた。許宣は涙を滴《こぼ》してその人びとに別れの詞をかわして出発した。
 三日ばかりして蘇州府へ着いた。李将仕の手簡を見た范院長と王主人は、金を使って奔走したので、許宣は王主人の許に預けられることになった。

 許宣が王主人の許に世話になってから半年ばかりになった。彼はそこで毎日|無聊《ぶりょう》に苦しめられていた。と、ある日王主人が室へ入って来た。
「轎《かご》に乗った女が来て、お前さんを尋ねている、※[#「Y」に似た字、第4水準2−1−6]鬟《じょちゅう》も一人|伴《つ》れている」
 許宣は心当りはなかったが、好奇《ものずき》に門口へ出てみた。門口には彼《か》の白娘子と青い上衣を着た小婢《じょちゅう》が立っていた。許宣は驚きと怒《いかり》がいっしょになって出た。
「この盗人、俺《おれ》をこんな目に逢わしておいて、またここへ何しに来たのだ」
「私は、決して、そんな悪いものではありません、それをあなたに弁解《いいわけ》したくてまいりました」
 白娘子は心持ち※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な首を傾けて、さも困ったと云うようにした。
「いくら俺をだまそうとしたって、もうその手に乗るものかい、この妖怪《ばけもの》」
 許宣の後からやって来た王主人は、許宣が門前でやかましく云っていて人に聞かれても面白くないと思ったので、その傍へ往った。
「遠くからいらした方らしいじゃないか、まあ内へ入れて話をしたら宜いじゃないか」
 王主人はそう云ってから白娘子の方を見て云った。
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