蛇怨
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大瀑《おおだき》
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 高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の大瀑《おおだき》がある。それは村の南に当る山腹にある瀑で、その北になったかなりの渓谷を距てた処には安徳天皇の御陵伝説地として有名な横倉と云う山がある。初夏の比《ころ》その横倉山から眺めると、瀑は半ば以上を新緑の上に見せて、その銀色の大樽を倒《さか》しまにしたような水が鼕々《とうとう》として落ちているので、土地の人は大樽と呼んでいる。
 その滝の在る山を南に越えた処に篠原と云う農家があった。何時の比の事であったか年代ははっきりと判らないが、しかし、あまり古いことではないらしい。その篠原の主人になる男は非常に鉄砲が上手で、農業の片手間には何時も山から山を渉って獣を狩っている。
 某日《あるひ》その主人は、何か好い獲物はいないだろうかと思って、鉄砲を手にしながら樽の滝へ往った。そして、杉の樹の森々と茂った瀑の横から瀑壺の方へおりて往った。瀑壺の周囲《まわり》は瀑水の飛沫《しぶき》が霧となって立ち罩めているのに、高い木立の隙間から
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