。妻ははずれかけた次の室との境の襖の引手に手をかけてそれに取りつこうとしたが、襖がはずれて取りつけなかった。が、その内に地の震いは小さくなって来た。私はその時客のいないことに気がついたが、地震の小さくなった間に、妻や子供を外へ出さなくてはならないという考えの方へ気を取られて、それ以上客のことを考えることができなかった。その客は私のいない間に簷《のき》から飛んで右の足首をくじいていた。私は妻をうながして自分で末の児を抱き、妻に姉の児の手を曳かして、おりて玄関口へと往ったが、妻や子供を先に出して自分が後から出ないと危険があるような気がしたので、妻に末の児を負ぶわし姉の児の手を曳かして先へ出し、自分は後から出て往った。
私の家の門の出口の左角になった古い木造のシナ人の下宿は、隣の米屋や靴屋の住んでいる一棟が潰れて押されたために門の内へ倒れかかっていた。地の震えは後から後からとやって来た。私は妻と子供をすぐ近くの寄宿舎の庭へと伴れて往った。そこは奈良県の寄宿舎であった。私はそれから足に怪我をしている客を負ぶって伴れて来たが、後の激震が気がかりであるから、地震の静まるまでそこにいることに定めて
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