ょうど箪笥《たんす》の上に置いた古い枕時計が五分遅れの十一時五十分を指していた。
私は二階で客と話していた。私も客も煙草を点《つ》けたばかりのところであった。黒みだって吹き起って来る旋風の音のような、それで地の底に喰い入って往くような音がしたので、煙草を口元から除《と》ってその物の音を究《きわ》めようとする間もなく、家がぐらぐらと揺れだし、畳は性のあるものが飛び出そうとでもするかのように、むくむくと持ちあがりだした。私は驚いてその畳の上をよろよろと歩いたが、その瞬間、妻と子供を二階へあげようと思いだした。で、そのまま下へ駈けおりた。
妻は玄関口へべったり坐って、左の手で柱に捉まり、右の手で末の女の児を抱き寄せるようにしておろおろしている傍に、八つになる女の児は畳の上に両手を這《は》うように突いて泣いていた。上の二人の子供は暑中休暇に土佐へ往ってまだ帰っていなかったので、手足纏いがすくなかった。末の女の児は赤いメリンスの単衣を着ていた。私はいきなり末の児に手をかけて、妻と二人で掻きあげるようにして抱き、姉の児を押しやり押しやり先に立てて二階へあがった。
家はまだゆらゆらと揺れていた
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