りの消炭のような物を置いてある所があった。私はそれは女の負ぶっていた子供の死体であろうと思った。
 風は正面から吹いていた。すこしでも手拭の覆いに隙ができると恐ろしい臭気が鼻を刺した。私はもう斜めに突き切るのが厭になったので、右の方の死体の少ない方に反れ反れして走った。
 鉄骨の建物があってその前にも二三人の人がいて火を焚いていた。私はその火が身寄りの者の死骸を焼いている火だということを知った。その中には女も一人交っていた。その人たちもそれぞれ鼻にハンカチをやっていた。私はその傍を通って左に建物の間を潜って往った。その建物を出はずれると焼け残りの塀があって、外は電車通りになっていた。
 私はその電車通りを歩きかけてから再び驚かされた。その被服廠跡と電車通りとを隔てた溝の中は、幾百幾千とも判らない、目刺鰯の束を焼いたようになった黒焦げの死体で埋まっていた。私は、なるほどこの被服廠跡の焼死者が三万余と言うのも誇大ではないと思った。その溝の上になった被服廠跡にはまだ動かさない死体の丘ができていて、それを人夫たちがおろして外へ運んでいる傍に、身寄りの者を尋ねているらしい人たちが散らばって、死体
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