れにあなたはお金持じゃありませんか。御馳走位はなんでもないでしょう。酒なしで結婚するのは、儀式に欠けるじゃありませんか、」
 王は喜んで酒をかまえて二人で飲んだ。庚娘は杯を持ってしとやかに酒を勧めた。王はだんだん酔って来て、もう飲めないといいだした。庚娘は大きな杯を自分で飲んでから、強いて媚《こび》をつくってそれを王に勧めた。王は厭というに忍びないので、またそれを飲んだ。王はそこで酔ってしまったので、裸になって庚娘に寝を促した。庚娘は酒の器をさげて燭《ひ》を消し、手洗にかこつけて室を出ていって、刀を持って暗い中へ入り、手さぐりに王の項《くび》をさぐった。王はその臂《うで》をつかんで昵声《なれごえ》をした。庚娘は力まかせに切りつけた。王は死なないで叫んで起きた。庚娘はまたそれに切りつけた。そこで王は殪《たお》れた。
 王の母親は夢現《ゆめうつつ》の間にその物音を聞きつけて、走って来て声をかけた。庚娘はまたその母親も殺した。王の弟の十九がそれを覚った。庚娘はにげることができないと思ったので、急いで自分の吭《のど》を突いた。刀が純《なまくら》で入らなかった。そこで戸を啓《あ》けて逃げだした。十九がそれを逐《お》っかけた。庚娘は池の中へ飛び込んだ。十九は人を呼んで引きあげたが、もう庚娘は死んでいた。しかしその美しいことは生きているようであった。
 人びとは一緒に王母子の尸《しがい》を験《しら》べた。窓の上に一つの凾《はこ》があった。開けて見ると庚娘の書いた物があって、精《くわ》しく復讎《ふくしゅう》の事情を記してあった。皆庚娘を烈女として尊敬し、金を集めて葬ることにした。夜が明けて見に集まって来た者が数千人あったが、その容《さま》を見て皆が拝んでいった。そして一日のうちに百金集まったので、そこでそれを南郊に葬ったが、好事者《ものずき》は朱い冠に袍《うわぎ》を着けて会葬した。それは手厚い葬式であった。
 一方王に衝《つ》き堕《おと》された金大用《きんたいよう》は、板片《いたきれ》にすがりつくことができたので死ななかった。そして流れて淮《わい》へいったところで、小舟に救いあげられた。その小舟は富豪の尹《いん》翁というのが溺れる者をすくうために設けてあるものであった。
 金はやっと蘇生したので、尹翁の許へいって礼をいった。翁は厚くもてなして逗留《とうりゅう》して子供を教えさせよう
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