くなって、とうとう死んでしまった。
長者の眼の前には、二三日鮭を獲ることを見合せと云った旅僧の姿と、鮭の腹から出た蕎麦切が縺れ合って見えていた。長者は怖ろしそうな顔をして乳母に抱かれている醜いわが子を見ていた。
長者の家はますます富んだ。どんな慾望でも願うて得られないものはなかったが、醜い女《むすめ》の顔は如何ともすることができなかった。長者は女が人並の女になれるなら、己《じぶん》の持っている富を無くしてもかまわないと思った。
女はもう年比《としごろ》になっていた。魚の胎児のような赤い斑点はますます拡がりを持ち、縮れた頭髪は赤茶けて見えた。女も醜い顔を怨み歎いて、人に見られないようにと、何時も、奥深い室に籠っていた。
その時都の者だという売卜者が来た。売卜者は病気にさえ罹っていた。少しでも善根を積んで、罪障を消滅したいと思っている長者は、これを見ると己の家へ泊めて病気の手当までしてやった。
売卜者は※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な男であった。長者の女はこの噂を侍女の口から聞いて心をそそられた。そして、その侍女の計いで、一室で書見している売卜者の美しい姿
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