、来世は犬畜生に生れて来る」
 旅僧はいつの間にか蕎麦を喫い終って、椀を前に置いていた。漁師は鮭も欲しかったが、旅僧の詞も恐ろしかった。
「じゃ、二三日は見合すとしようか」
「それが好い、それが好い、出家は悪いことは云わない」
 漁師は旅僧の詞を守って、二三日は鮭網を入れまいと定めてしまった。旅僧は御馳走になった礼を云って、法衣《ころも》の袖をひらひらさして帰って往った。
「お前さんは、じゃ、明日は、やめるつもり」と、女房は冷笑《あざわら》うような声で云った。
「お坊さんが、ああ云うからな」と、漁師は女房の顔を見た。
「彼《あ》のお坊さんが、何を云うか判るもんかね、明日|己《じぶん》一人でやろうと思っている者が、お前さんを往かせないようにしようと思って、坊主を頼んで、あんなことを云いに来たかも判らないよ」
 女房にそう云われると、そんな気のしないこともなかった。
「そうじゃろうか」
「どうせそんなことじゃよ、それでのうて、彼のお坊さんが、漁のことを知るもんかね」
「それもそうじゃ、じゃ、やっぱりやるとしようか」
「そうとも、あんな者に欺されてたまるもんかね」

 朝、一番鶏といっしょに
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