を透して見ることができた。
 長者はその後、食事もしないで己《じぶん》の室で物思いに耽っている女の姿を見るようになった。長者は心配して乳母や侍女に就いてその原因を知ろうとした。そして、侍女の話を聞いて耳を傾けた。
 その翌日、長者は売卜者を己の室へ呼んだ。
「折入って貴郎《あなた》にお願いしたいことがありますが、聞いてくださいましょうか」と云って、云いにくそうにして「女が貴郎のことを思うて、病気になりかけております、醜い娘でお気の毒ですが、その代りこの家の財産は、今日から一切貴郎にあげます、どうか女の婿になってください」
 売卜者は醜い女《むすめ》の姿を何時の間にか見ていた。彼は厭で厭でたまらなかったが、恩人の詞をすげなく謝絶《ことわ》るわけにも往かなかった。彼はしかたなく承知してしまった。
「聞き入れてくださいますか、これは有難い、では、善は急げじゃ、今晩の中に仮祝言をしてください」
 長者は喜んで家の者に命じて座敷の用意をさした。そして、それが出来ると売卜者と女を並べて仮祝言の盃をさした。売卜者は眼をつむるようにして女のほうは見なかった。女は醜い顔を伏せていた。

 売卜者は義理に迫って盃をしたものの、醜い女の傍にいることはどうしてもがまんができなかった。彼は女の睡るのを待ってそっと寝床を抜けだした。そして、雨戸を開けて戸外《そと》に出て、足の向くままに小浜村のほうへ往った。それは秋の水みずした月のある夜であった。
 売卜者は歩いているうちに、女が気の毒になって来た。病気になるまで己《じぶん》を慕うている女を捨てて逃げることは、人としての行《おこない》でないように思われて来たが、赤い顔の斑点と、赤茶けた縮れ毛を思うと、醜いと云うよりも寧ろおそろしい気がして、とても帰って往こうと云う気にはなれない。しかし、己が逃げた後で、女《むすめ》がどんなにか悲しむであろうと思うと足は進まない。考え考えして歩いていると、微白く流れている利根川の水際に出た。彼はふと、己が川へ入って死んだとしたなら、女もしかたなく諦めはしないかと思った。彼はそう思いつくと、入水する人のすると云うように、穿いていた草履を水際に並べて置いて、西安寺と云う寺のある方へ往ってしまった。
 後で眼を覚した女は、売卜者のいないのに吃驚《びっくり》して、家の中を探していると、売卜者の開けて往った雨戸がそのままに
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