「あゝ、あなたか、」
「何時、此所へいらしたんです、」
「今のさき来たばかりなんだ、ぜんたい、今、幾時です、」
「さあ、幾時ですか、まあ、そんなことは好いぢやありませんか、」
「時間と場所を聞かないと、何が何やらさつぱり判らなくなつてゐるんです、云つて下さい、」
「そんなことは好いぢやありませんか、私は、睡れないから曹達水でも戴かうと思つてまゐりましたよ。」
 女はかう云ひ義直の傍の椅子に腰をかけた。
「今晩はゆつくりぢやございませんか、曹達水を持つてまゐりませうか、」
 傍に立つてゐた洋服の女が親切さうな口を利いた。
「あゝ、レモンにして持つて来てください、」
 洋服の女が向ふの方へ行くと、女は義直の顔を見た。
「あなたも、曹達水をおあがりになつては如何です、」
 義直は女がそんなことを云ふのがもどかしかつた。
「ビールを飲んだから好い、そんなことより、此所は何所です、どうしても僕には判らないんです、云つてください、場所と時間が判らないと、僕の頭は何にも思ひだせないです、」
「そんなつまらないことは好いぢやありませんか、」
 女は笑つた。曹達水のコツプを持つた洋服の女が傍へ来てゐ
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