いて、どうするつもりなんだ、馬鹿、)
 乳母は近くへ寄ることが出来なかつた。乳母の後へ行つた自分もどうすることも出来ないのではらはらして立つてゐた。
 養父は凄い眼をもう空間にやつて、怪しい物の影を覘ふやうにしてゐたが、やがてその覘がついたのか、手にしてゐた竹を振りあげてなぐりつけた。
(こら、)
 怪しい物の影はそれで飛んで行つたのか、養父はまた竹を振りあげながら空間を覘つた。
(こら、)
 怪しい物の影はまたそれたものと見える。
(しまつた、畜生、)
 養父はまた一足二足歩いて行つて、また空間をなぐりつけた。
(今度こそどうだ、)
 養父はなぐりつけた跡をちよつと見たが口惜しさうな顔をした。
(また逃げやがつた、畜生、逃がすものか、)
 竹はまた閃いた。
(これでもか、これでもか、こら、これでもか、)
 養父はもう見界なしに、そのあたりをなぐつて歩いた。
(こら、これでもか、これでもか、畜生、これでもか、)
 養父の叫び声が物凄く聞えた。
(若旦那、仕方がありません、無理にでも室へおあげしませう、)
 乳母が此方を向いて決心したやうに云つた。
(さうだね、仕方がない、押へつけやう、
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