つかって妖怪というようなことで礼儀を廃すようなことはなかった。胡は主人に女《むすめ》のあるのを知って結婚したいと思ったのか、時どきその意味をほのめかしたが、主人はそのつど意味が解らないような顔をした。
 ある日、胡は休暇をくれと言って出て往ったが、翌日一人の客が来た。客は黒い驢《ろば》に乗って来てそれを門に繋いであった。主人はその客を迎えた。それは年の頃五十あまりの履物も着物も新しい、温厚な男であった。やがて二人が席につくと、客は自分の来た用事を話しだした。
「私が今日あがりましたのは、胡氏があなたと長く御交際を願いたいために、お宅の令嬢と結婚したいと申しますものですから」
 主人は黙って聞いていたが、暫くして言った。
「僕と胡先生とは、もう莫逆《ばくぎゃく》の友になっております、結婚なんかしなくてもいいでしょう、それに児《こども》は、もう許婚《いいなずけ》になっておりますから、どうかあなたが僕に代って、胡先生に話してください」
「しかし令嬢は、確かにまだ許婚になっていないことを知っておりますが、なぜ胡先生と結婚さすのをお嫌いになります」
 客はこんなことを二三回も繰りかえして言ったが
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